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書の旅in福島〜大熊町(2/2)・富岡町編(55/59市町村)〜

前回の記事、大熊町(1/2)編につづきます。

2011年3月11日に発生した東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所事故後、町全体に避難指示が出されていた大熊町。

2019年の春より少しづつ避難解除区域が広がる一方、
未だ町には、立ち入り禁止のバリケードや除染廃棄物が入ったフレコンバッグが目に入ってきます。

復興の嬉しいニュースももちろん大切ですが、現状を知ることはもっと大切だと私は思うので、
私が見たもの・感じたことの範囲内ではありますが、ありのままの旅レポートを書きます。

 

これまでの福島旅を通して奇跡的に大熊町出身の渡辺さんとのご縁があり、
通常は中々視察することは難しい帰還困難区域に、今回特別に立ち入ることができました。

原発事故後、テレビやネット・新聞など、他の誰かが写したフィルムを通してしか見たことがなかった地域。
予想はしていたものの、現実は想像以上に当時の状況を物語っていて、
自然や建物、至るものから何かを訴えかけているような感じがありました。

あれから9年経った今でも、帰還困難区域は事故直後のままです。

 

 

 

山と地上との区別がつかなくなってしまったのか、イノシシを何度か目にしました。かなり大きかった。

 

渡辺さんのご実家を拝見させていただくと、時計を発見。

時計の針は、地震発生時刻2:46直後で止まったまま。

時計は止まっているし、町の光景も当時のままなのですが、
建物の劣化が進んでいる様子や、草花の呼吸、流れ行く雲を見て、
“時は止まったまま進んでいる”というような不思議な感覚になり、
9年という時の間を考えさせられた瞬間でした。

しかし、バリケードの奥でも確実に春は訪れています。

 

 

 

その後、富岡町へ移動。

まちの駅「ふたばいんふぉ」に立ち寄りました。

原発事故で福島県で最も大きく被害を受けた双葉郡8町村
(大熊町・富岡町・双葉町・浪江町・葛尾村・飯舘村・広野町・楢葉町)の現状を共有し広く伝えるために、
民間団体である双葉郡未来会議が運営者となって開設された、総合インフォメーションセンター施設です。

施設内には写真パネルや資料、映像などが上映・展示されていました。
この日施設で活動されていた方々は、私よりも若い方々がほとんどだったような気がします。

 

 

 

 

今は震災を経験している人が殆どだけど、時代は「令和」。
同じ過ちを繰り返さない為にも、経験した私達がこの震災で得た気づきや学びを後世に繋げ、
語り継ぐことは、とても重要なことだと思います。

辛いこと、悲しい話ほど話しづらいけれど、そこに大事な教訓があるんじゃないかと。
たった1分の話が、一つの命の一生を守ることになるんじゃないかと、
現地を視察し、そう感じました。

そして災害が多い日本の昨今のご時世、
今の子供達の笑顔や環境を守るには、“発信なくして防災なし”だと、私は思います。

 

復興の嬉しい全国ニュースがある中、なかなか認知されにくい現状の事実。
そしてこの地域で働く作業員の方々の努力を、目の当たりにしてきました。

でもやっぱり、まだまだ足りていないお金と人手の問題、風化されつつある現実 が大きな課題です。

起こった事故・災害はカレンダーだけで言ったら、過去の話。
だけどこれは確実に「現在進行形の話」だと感じました。

次回の旅日記、2020年3月11日に双葉町・浪江町を歩いた記事へと続きます。

 

ふたばいんふぉ

 

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書家 根本みき

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